08.09.27 カン・セジョン(イ・ジョンジェ)との運命的な出逢い Part 2

 知らないと言うことは、むしろ幸せなこと

『カン・セジョン』


 私は、俳優チャン・ドンゴンの本来の美男子ぶりも、女優イ・ミヨンの本来の美しさも知らなかったので、ただ、カン・セジョンの

 イ・ジョンジェだけが際だって、燦然と輝いて見えました。その後、3人の本来の姿を確認した時、チャン・ドンゴンのあまりの

 美しさに驚き、黒い瞳に吸い込まれそうになりましたが、気持ちが大きく揺れ動くことはなく、他の作品で違う顔のイ・ジョンジェ

 を観ても抵抗なく受け入れることが出来ました。

『カン・セジョンとカットされたシーンに登場する男の子、チャン・ドンゴン、イ・ミヨン』

 10回通った映画館での鑑賞で回数を重ねる毎にストーリーに強い関心を抱き始め… 映画評などを見ると、ストーリーが

 分かりにくい、タイ・ロシアとあちこち行き過ぎる、海賊シンの計画が無謀過ぎて可笑しい等、いろいろ書かれていましたが、

 私にとっては不自然だったり無駄なシーンなど何一つありませんでした。そしてカットされたシーンの存在を知らなかった時は

 上映されたストーリーだけで十分満足していたものの、その後いろいろなことがわかって来ると全てを観たい気持ちが強くなり

 中でも一番残念なのは、上記写真の男の子とのエピソードでした。


 この男の子のお父さんは…

 2002年6月29日(土)日韓共同開催のFIFAワールドカップで決勝トーナメントに進んだ韓国が大邱総合競技場でトルコと

 3位決定戦に臨んだまさにその日、不幸にも「第2延坪海戦(西海交戦)」は発生しました。

 午前9時54分、北朝鮮の警備艇1隻が黄海の北方限界線(NNL)を侵犯し、5分後にはもう1隻が別の地点を侵犯したため、

 韓国海軍は高速艇を2カ所の越境地点に各2隻派遣、後から侵犯した北警備艇「トンサン岬684」の方に派遣されたのは

 「チャムスリ(オオワシ)357」(艇長ユン・ヨンハ大尉)「チャムスリ(オオワシ)358」(艇長チェ・ヤンスン大尉)でした。

 残念なことに北警備艇「トンサン岬684」の第一撃が「チャムスリ357」の操舵室を直撃して炎上、さらに北警備艇上の兵士に

 機関銃を乱射されました。それに対してもう1隻の「チャムスリ358」が応戦し、付近にいた高速艇隊と哨戒艦2隻も緊急出動

 して北警備艇を攻撃、北警備艇は炎上しながら散発的に発砲して北朝鮮側海域に戻り、「チャムスリ357」「チャムスリ358」

 に曳航されて仁川港に引き返す途中に沈没しました。その後、海軍海難救助軍が引き上げに成功し、85ミリ砲弾5発、

 37ミリ砲弾19発、14.5.ミリ砲弾234発、計258発が命中していたと判明しました。

 (韓国側 戦死6名、戦傷19名  北朝鮮側 死傷40名(推定))

 「タイフーン」では、ここで戦死した「チャムスリ357」艇長ユン・ヨンハ大尉が、男の子のお父さんと言う設定で、応戦した

 「チャムスリ358」艇長チェ・ヤンスン大尉こそが、カン・セジョンのモデルとされる方です。

 ユン・ヨンハ大尉は1973年生まれ海軍士官学校の50期、父親が海軍出身と言うことまで、カン・セジョンと全く同じです。

 カン・セジョンが華々しく登場する海辺のアメラグシーンで、ゴールして拳をあげ白い歯を見せて笑ったあと、急に暗い表情に

 変わるのは、この事件に対する深い悲しみと、やり場のない怒りを表現しているためです。


『ユン・ヨンハ大尉(階級特進で実際は少佐)、チャムスリ357と同タイプと思われる高速艇』


 その深い悲しみは、単に無二の友人を失っただけに留まらず、さまざまな要素が含まれていました。

 「第2延坪海戦(西海交戦)」は日韓ワールドカップで韓国代表がベスト4の快挙で沸き上がっていた時を狙い、緻密に計画

 された奇襲攻撃でありながら、連日テレビニュースはワールドカップ関連一色で、韓国国民の関心は高まらなかったのです。

 また韓国政府も当時、太陽政策を推進していたことから北朝鮮に対する具体的な圧力・制裁などは行いませんでした。

 殉職者の1周忌に政府の関係者は姿を見せず、国民の関心も低く、犠牲者の周囲が暗澹とした気持ちになったのは当然の

 ことでしょう。夫を失った女性の1人は「私が望むのは経済的な補償ではなく国を守って殉国した人々に対する政府と国民の

 愛情でした。軍人は名誉と自らを誇る気持ちで生きていく職業だと思います。多くの収入を得たいと願っていたならば、夫は

 ほかの職業についたでしょう。こんな国のために命を投げ出そうという兵士がいるでしょうか」と言葉を残し、韓国に失望して

 アメリカに渡って行きました。

 書き忘れてはいけないことをひとつ、当時「チャムスリ357」は「先制攻撃をするな」という大統領の指示を忠実に守って、

 北警備艇の奇襲攻撃に対し「警告放送と対応機動」だけの対応をしていたところを攻撃されました。

 この出来事と「タイフーン」の構想・制作時期はちょうど合致し制作者の訴えたいことの1つが、私にはひしひしと伝わって来た

 のですが、多くの人には伝わりづらかったかもしれません。やはり国立墓地を訪れて男の子とやりとりするシーンは必要だった

 のではないかと強く思います。


 それでも不屈の闘志を秘めてカン・セジョンは行き、RIOTも歩み続ける

 以上のような出来事があって深い悲しみとやり場のない怒りを抱きながらも、カン・セジョンは国家の一大事に関わる重要任務

 の命令を何の躊躇もなく受け入れます。軍人としては当然のことながら、普通の人なら立ち直ることさえ難しいと思いました。

 その後、タイ、釜山、ロシア、船上決戦と、いずれのシーンでも文句の付けようのないイ・ジョンジェの完璧な演技に魅了され

 映画館での上映が終了しても私のタイフーン熱が収まることはありませんでした。


『カン・セジョン憂いの表情 (オ・ミンさんの動画より)』


 その後、ようやく入手したDVDを繰り返し観ているうちに、ふと新たな考えが沸きあがって来ました。作品のBGMはとても

 好感度が高いものでしたが、それ以上に私が長年愛し続けているヘヴィメタルバンド「RIOT」のサウンドがぴったりではないか、

 激しく疾走しながらも、どこか憂いがある哀愁漂うメロディに、カン・セジョンの表情が重なったのです。

 自らの生き様をギターで表現するマーク・リアリ率いる「RIOT」は、30年もの歴史のなかで度重なる苦難に直面しながらも

 決して信念を捨てることなく逆境に打ち勝って傑作を生み出してきたグループです。カン・セジョンの超人的な活躍を観ながら

 「このシーンには、あの曲」「あのシーンには、この曲」と頭の中で交差するようになって行きました。

 「RIOT」は1976年にニューヨークでリードギタリストのマーク・リアリによって結成され、1stアルバム「ROCK CITY」をリリース

 しました。このアルバムは1978年には日本でもリリースされ、現在に至っても超名曲と絶賛され続ける代表曲「Warrior」

 含まれており、同曲は日本人アイドル歌手五十嵐夕紀によって「バイバイボーイ」として、シングルレコードが発売されました。

 2ndアルバム「NARITA」は日本の成田国際空港の開港を反対した成田闘争に由来しています。全体的な完成度は高いレベル

 にありながら曲調に憂いがあり過ぎるからか、イギリスと日本では人気が出たものの自国ではあまり目立たない存在に甘ん

 じて、メンバーチェンジを繰り返しながら細々と活動を続けていた時期もありましたが、1988年ヘヴィメタル史上に残る超名盤

 「THUNDERSTEEL」を発表して見事に復活を遂げることになります。3代目ヴォーカリスト、トニー・ムーアの強力ハイトーン、

 メロディアスなギター、ツー・バス(バスドラムが2個セッティングされたドラムセット)の三拍子揃ったマニア涎垂のアルバムです。

 次に発売された「THE PRIVILEGE OF POWER」では疾走系に加えてバラードにも傑作がある他、ホーンセクションの使用など

 新しい試みもありました。最大の特徴はコンセプトアルバムとして強烈なメッセージをさまざまな形で発信しているところです。

 中でも「Dance Of Death」は天安門事件に対する抗議をモチーフに壮絶なスピード感で当時の様子を表現した問題作です。


『70'sアイドル 五十嵐夕紀の「バイバイボーイ」レコードジャケット、天安門事件 抗議の様子』


 以降もマネージメントとのトラブル等幾多の困難を乗り越えつつ活動を続けている「RIOT」、音楽性が変化しながらも一環して

 奏で続けられるツイン・リード・ギターによる哀愁を含んだメロディが一番の良さであり、長く続ける大変さと素晴らしさを彼らは

 教えてくれました。そのことは一番新しいアルバム「ARMY OF ONE」の円熟ぶりからも垣間見ることが出来ます。

 私は自身で動画を作りBGMに「RIOT」を使いたいと望んでいましたが、思い入れが強すぎる割に満足な画像が撮れず、

 計画は頓挫していました。そんな時、日頃から尊敬しているオ・ミンさんが、遂に「タイフーン」を手掛けてくださることになり

 申し訳ないと思いつつ「ヘヴィメタルバージョンを」と、お願いしたところ快諾して頂きました。オ・ミンさんの動画の全てが、

 私の魂の波長とぴったり合い、言葉では言い尽くせない極限美を、この目で確かめることが出来ました。

 オ・ミンさん、一生の宝物を本当にありがとうございます!!

 今回は初登場シーンから、ラドムの名シーンまでの6作品をお届けします。今や伝説となった超名曲「Thundersteel」「Warrior」

 を何処で使うかが私にとって最大の焦点でしたが「適所」に使えて満足しています。3作目〜5作目は数少ないバラードを使用

 しましたが再生時間の都合上、前後いずれかをカットしてあります。また「Warrior」は30年前の作品につき、音質に多少の

 難点がありますので、ご了承願います。


『RIOTの最新アルバムCDジャケット、リーダーのマーク・リアリ、RIOT初期の頃の画像』


 MV『セジョンの gif collection-1(制作 オ・ミンさん) RIOT Storming The Gates Of Hell 』

 MV『セジョンの gif collection-2(制作 オ・ミンさん) RIOT Thundersteel 』

 MV『セジョンの gif collection-3(制作 オ・ミンさん) RIOT Runaway』

 MV『セジョンの gif collection-4(制作 オ・ミンさん) RIOT Bloodstreets』

 MV『セジョンの gif collection-5(制作 オ・ミンさん) RIOT Stained Mirror』

 MV『セジョンの gif collection-6(制作 オ・ミンさん) RIOT Warrior 』



『ユン・ヨンハ艦、ようやく国家行事になった第2延坪海戦6周年追悼式』


 「第2延坪海戦(西海交戦)」の、その後について付け加えると、2007年に政権がかわり、イ・ミョンバク大統領の意向により

 海軍第2艦隊司令部の主催で行われていた式典が政府行事となる事が決まりました。又、同年6月28日に進水の韓国海軍

 次期高速ミサイル艇の名称が「ユン・ヨンハ艦」と名付けられ、事件を風化させない動きも出て来ました。心ある方々の支援に

 より韓国に失望してアメリカに渡って行った犠牲者の婦人も戻って来られるようです。カン・セジョンの願いが少し叶って嬉しい

 反面、課題は山積、同じ民族が敵対している不幸な状況に何ら変わりはありません。夜明けは未だ遠いのでしょうか…

 次回は、まだまだ語り足りないカン・セジョンのエピソードと今後のことを書いてみたいと思います。

 オ・ミンさんのセジョンgifコレクションもいよいよ佳境を向かえますが、戦闘シーンに相応しい、とっておきの名曲を

 温存してありますので、ご期待くださいませ。




                          
inserted by FC2 system